沖縄旅行 最終日

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四日目(最終日)

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 沖縄旅行最終日、朝。目を覚ますと、デカい客船が眼下を通っていった。
 朝食はこれまたバイキング。

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 ホテル全体が青を基調としたデザインで統一されている。

 レンタカーを無事に返し、那覇空港へ。乗り遅れを避けるということでかなり早めに行ったのだが、いくらなんでも早すぎて3時間ぐらい時間を持て余した。
 空港の土産物屋で、出版記念ブックトークカフェでお世話になった人たちへ紅いもタルトを二十個近く買い込んで、家まで宅配便で送った。

 飛行機を羽田で乗り継いで、北海道・女満別空港へ。ナイトフライトなので、都心の灯りが眼下にびっしりと見えた。

 自分で書いておいてなんだが「赤いオーロラの街で」の世界停電が実際に起こったらこの灯りがほぼ全部消えるのだよなあ、と思うとやっぱりすさまじい。こういうスケール感は、しっかりと覚えておいたほうがいい気がした。自分の場合、好み的にミクロな視点になりがちなので。

沖縄旅行 三日目

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三日目

 今日は沖縄南部の名所に行くことにする。

 最初は琉球ガラス村。まずはヒルトンホテルで見た、美術工芸品としての高価なガラス作品を展示している部屋から見てみた。ただ、設備的に正直いかにも古すぎて、ホテルで見たような鮮烈な印象はなかった。
 むしろ、かつて日常で使われていたというガラス製品たちが面白かった。コカコーラの瓶を半分に切って下の部分をコップとして使ったものや、駄菓子入れ、ハエ取り器など。
 デザインとして考え抜かれた製品というわけではないはずなのに、ノスタルジックでとても味があるように思えた。
 隣接する土産物のガラスショップで鮮やかなオレンジのグラスを買う。

 再び少し車を走らせて、ひめゆりの塔へ。入り口で献花用の花が売っていたので、買って供えた。
 ここでは親父は車から降りなかった。あまり待たせるのも悪いので早めに戻ったほうがいいのではないかと思ったが、母が隣接するひめゆり平和祈念資料館にも行きたいと言ったので、入ることにする。
 結果としては、見ておいてよかった。ひめゆりの塔だけをさらっと撫でるだけでは全然わからない、この近辺で起こった惨事がこれでもかとばかりに展示されている。

 特に第四展示室がすさまじい。亡くなった女生徒と教職員の白黒のぼやけた顔写真が壁一面にびっしり貼られ、それぞれにプロフィールと死因が書いてある。
 場が発する圧がすごい。もし一人でここに来ていたら確実にボロボロ泣いていたと思う。

 あと思ったが、たぶんバトルロワイヤルの作者はこの場に来て、影響を受けたのだろう。あまりにも似すぎている。
 普通の人だったらあの場所の圧に飲まれて徹底的な反戦平和作品に行くだろう。この圧を受けきってそれでもエンターテイメント方向に持っていった高見広春はいろんな意味でやっぱりすごい人だと思った(あれも作品全体としては「飲まれるな、体制には全員で、全力で反抗しろ」という意味で、ちゃんと反戦メッセージを発しているけど)。

 資料館の外に出ると、明るい沖縄の陽光が目に眩しかった。大きなガジュマルの木の向こうに見える、ひめゆりの塔の入り口からは、道路を挟んで土産物屋が軒を連ね、活況を呈している。
 平和そのものの風景。資料館に入る前に見た風景と同じなのだけど、自分の中の受け止め方は、間違いなく変わった。ここに来てよかった、と思う。

 ドライブは続く。沖縄の海といってもビーチだけでは飽きるだろう。そう思い、通り道にある慶座絶壁(ギーザバンタ)というスポットにも寄った。
 Googleマップの写真には広々とした丘から見える海が載っていたのだが、これは近くにあるゴルフ場の写真らしい。実際には文字通りの絶壁だった。

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 海際まで細い道を降りてから見上げると、今まで自分たちが居た場所が十数メートル上に見える。ゴツゴツとした岩肌がむき出しで、まさに崖だ。
 あんなところからもし落ちたらひとたまりもないだろうなあ。つい先刻、ひめゆり平和祈念資料館で見た女生徒の死因には、崖から身を投げて亡くなったという人もたくさんいた。崖の上を見上げると、思わずそういうことを想像してしまう(なお、この文章を書くために慶座絶壁のことを調べてみたが、沖縄戦の末期には実際にここを含めた喜屋武岬周辺の崖から身を投げた人がたくさんおり、米兵からは「スーサイドクリフ」などと呼ばれたらしい)。

 ちょうど昼時になったので、次のスポットで食事をすることにする。

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 ガンガラーの谷は、鍾乳洞を利用したカフェ。食事もできると思って寄ったが、ここはあくまで純然たるカフェだった。

なぜパラソルかというと、日よけではなく水滴避け。

 食事は隣接するおきなわワールドというテーマパークで取ることにした。
 結局昼食もまたバイキング。食堂のざわめきや着ている服などからの大雑把な感触としては、最低でも五割以上が中国・韓国・台湾からの観光客に見える。バイキングのメニューも餃子が水餃子だったり、ビーフンがあったりと、需要に合わせた感じだった。

 おきなわワールド内にも、玉泉洞という歩いて三十分ぐらいかかる広大な鍾乳洞がある。北海道ではなかなか見かけない風景。とてもおもしろかった。

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玉泉洞

水の中には、色のない小さなエビが泳いでいた。

 Googleストリートビューでも見られるみたいなので、ぜひどうぞ。

 洞窟から出て順路通りに進むと、土産物屋の中を次々と通過させられる。自分用の土産として、藍染のボーダーTシャツを買った。この辺の商売のうまさは北海道も見習いたいところだと思った。

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 椰子の実ジュース。一個まるごとだと持て余しそうなので、コップ入りのものを飲んでみた。自然のままの味だから当たり前ではあるが、中途半端な甘さの薄味で、そこまで美味しくはない。でも経験としては全然ありだ。
 このテーマパークでは他にもエイサーやハブのショーなどもやっているらしいが、時間的な問題でパス。

 車を走らせ那覇市に戻り、沖縄最大の商店街、国際通りの近くの駐車場に停める。

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 そこから少し歩くと、平和通り商店街というアーケードに出た。ここを通って国際通りに行けるようだ。
 いろいろな土産物屋が並ぶが、やはり目立つのはシーサー。流石はライオンズマンションの入り口にもシーサーがいる県、沖縄。県内のありとあらゆる場所にシーサーが座っている。あとは、なぜかパワーストーンの店が多かった。

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 国際通りに出てから一度家族と行動を別にし、近くのジュンク堂書店に行ってみた。自分の本が売っていてうれしい。
 地元の街だとひいき目で置いてくれているのではないかというような感覚もあったのだけど、こういう日本の逆端にちゃんと置いてあるのを見ると本を出したということを改めて実感する。

 家族が先に行っている、近くにある第一牧志公設市場に向かった。活気のある観光市場。

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 目につくのが、青い魚、イラブチャー
 ここで買った海産物は二階の食堂に持っていくと有料で調理をしてくれるらしい。どんな味がするのだろう。
 残念ながら私の家族は興味がないらしく、イラブチャーの味はわからずじまい(実際には、観光客以外はそれほど積極的に食べないらしい)。


 沖縄旅行最後の夜は、ホテルが変わった。ロワジールホテル那覇。ここも良いホテルでした。

沖縄旅行 二日目

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二日目

 ホテルのバイキングで朝食。混んでいる時間だったので、少し待ち時間があった。ベンチ状のソファに横に並んで順番を待つ。
 目の前の壁がくり抜いてあり、色鮮やかな、大型のガラス工芸作品が展示してあった。座ると作品が目の前に来るようになっている。設計段階からよく考えていないとこういう作りには出来ないと思う。
 琉球ガラス村というところで作られた作品らしい。旅行の前にGoogleマップ上にポイントしておいた、行きたいところリストに入っている。明日行ってみることにする。

 今日は美ら海水族館などの観光名所がある、沖縄県中部に向かう。一度高速に乗ってしまえば運転は快適だった。みんな、結構飛ばす。
 路肩に様々な南国の植物と花が咲き乱れていた。冬でも花が見られるのはうらやましい北海道民

 沖縄の建物は、独特だった。屋根の瓦は赤い丸瓦。台風で飛ばされないように、ということなのだろう。北海道とはまた違う苦労があることがよくわかる(雪のため、北海道の住宅に瓦屋根はない)。

 太陽光発電ソーラーパネルがほぼ平置きできるのも、雪の心配が要らない(風の心配が要る)からだろう。
 近代的な住宅も、全体的にゴツくて、コンクリート作りの直線的なデザインだ。格子状に穴の空いたベランダの柵も角ばっていて、いかにも丈夫そうだ。
 住宅の上に付いている四角い囲いはなんだろう、と旅行中ずっと気になっていて、帰ってきてから調べると、中身は貯水タンクなのだそうだ。昔は結構水不足になることが多かったらしい。
 道沿いの自然から人工物まで、視界に入るすべてのものが全力で沖縄を主張していた。

 今日の気温はTシャツ+長袖シャツ一枚で快適なぐらい。でも、地元の人は結構厚着をしている。
 水中から海の魚を見られるらしい、ブセナ海中公園というところに寄ってみた。県内の距離感覚がいまいちわからなかったが、やはり近い。一時間程度であっさり着いた。

 もっとこぢんまりしたスポットかと思っていたら、立派なリゾートという感じの場所だった。すぐそばに海が見えたので行ってみる。

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 当たり前だが海の色が明らかにオホーツク海と違う。 浜辺にサンゴがびっしりと埋め尽くされていた。死んだサンゴは白くなる。このコバルトブルーの海は、白いサンゴが空の青を反射しているためらしい。

 ブセナリゾートの先端にある海中展望塔に向けて、歩いて行く。天気はいまいちだったのだが、ここに来てから晴れてきた。路肩に咲いているハイビスカスがいかにも南国。

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 行く方向を微妙に間違えたらしく、万国津梁館という建物の前に着いた。一見行き止まりに見えたので、建物の前にいた職員さんに海中展望塔への道を聞く。この建物は二〇〇〇年の沖縄サミットで使われたものなのだそうだ。近くには小渕元総理の銅像があったが、あまり興味がないのでスルー。


f:id:MIZ:20180123104228j:plain 職員さんに教えてもらった小径と階段を抜けると、眼下に海が広がり、その先に海中展望塔が見えた。

 リゾートの突端にある海中展望塔には、細い橋を渡っていく。
身を乗り出して海中を見ると、海面すれすれに「ダツ」という立ったまま泳ぐ魚がたくさんいた。
 展望塔の中には、普通の建物で言うと二階分ぐらいの地下への階段がある。降りた先はごく小さな回廊状になっていて、円形の窓から海中を見ることができた。
 魚は餌付けされているためか、かなり近くに寄ってくる。

 特にこの青色の大きな魚は回廊の外部を旋回するように動き回っているため、窓を見ているとよく顔を合わせることになった。

 海中展望塔のすぐそばから運航されている、グラスボートにも乗ってみた。船底の一部が透明で、海底が見える観光ボート。色とりどりの魚、イソギンチャク、ヒトデ、ナマコ、サンゴ。
 少し沖で停止したグラスボートから、乗船場で売っていた魚の餌を船外に撒くと、大量の魚が寄ってきた。

 やがて次のスポットに船は動き出す。
「次の場所でも餌がもらえることを知っているので、魚は付いて来まーす」
 船底を見ると、船内アナウンスのおねえさんが言った通り、たくさんの大きな魚がぴったりと船に寄り添っている。

 次のスポットで餌をやり終わり、船着き場方向に戻る。
「魚はもう餌がもらえないことがわかっているので付いて来ませんー」
 身を乗り出して船底を見ると、確かにあれだけたくさんいた大きな魚がまったくいなくなっている。よくわかっているのだなあ、とその現金さに感心してしまう。
 大きな魚がいなくなって海底がよく見えるようになった。イソギンチャクの触手の中に、映画ファインディング・ニモで有名なカクレクマノミが見えた。

 海中展望塔とグラスボートのセットで二千円ちょっと。少し高いが、気軽に海底を見られるのは楽しかった。行きに乗りそこねたオープン型の小型周遊バスで、駐車場までのろのろと帰る。

 次はどこに行こう。沖縄に行くのを決めたのは両親なのだが、実際どこに行くかは完全に任せられている。

 十キロほど先に古民家を改造した食事処があったので、そこで昼食を取った。もう一度沖縄そばを食べてみたが、昨日食べたものとそれほど印象は変わらなかった。

 食事後、母親が桜を見たがっていたので、近くにある桜の名所である世界遺産今帰仁城(なきじんぐすく)へ向かった。ふりがながないと逆立ちしても読めない。まあ北海道も人のことは言えないけど。

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 いくら沖縄とはいえ流石に少し時期が早く、桜は四分咲き程度だった。それでもこの時期に桜が見られること自体、やっぱりすごいと思う。

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 梅にウグイス、桜にメジロ

 次は美ら海水族館などがある海洋博公園に向かうが、その前に少し寄り道して備瀬のフクギ並木というところに行ってみた。

 事前に写真を見た感じで、単なる一本の並木道を想像していたのだが、実際には碁盤の目状に独特の風情のある並木道が続いていた。路地にはのんびりと猫が歩いていて、並木から視線を横に移すと(沖縄式の)普通の住宅が見える。
 日常の中にある風景、という感じの名所で、とても良い。時間があればずっと居たかった。

 すぐそばの海洋博公園に車を停め、美ら海水族館へ。

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 やっぱりこの大水槽は圧巻だ。

 帰りは、道沿いのステーキハウスに入った。沖縄では結構な数を展開しているチェーン店らしい。出てきたステーキは大味で、ほどほどの美味しさだった。こういうアメリカンな感じの大雑把な味を求めて入ったので、これでいいのだ。

 那覇市内のホテルに戻り、就寝。

沖縄旅行 一日目

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二〇一八年一月二十二日から二十五日の、三泊四日の沖縄旅行レポです。
珍しく家族旅行(両親と姉)。

一日目

 女満別空港から、朝九時過ぎの便で出発。午後からの大雪の予報が出ている東京・羽田空港を経由して、那覇空港についたのは午後三時~四時ぐらいだったはず。
 空港から送迎バスでレンタカー会社まで行き、車を借りた。

 現地でのナビにはスマホGoogleマップナビを使うつもりだったが、うまくGPSを捕まえてくれなかった。道沿いに走るモノレールの架線が邪魔をしているように思える。
 車載カーナビに切り替える。でもこれもいまいちで、ホテルの名前を入れても全然引っかからない。業を煮やして電話番号で検索すると、違う名前のホテルが出た。どうやら二〇一六年七月からホテルの名前が変わったらしい。データの更新が遅いというのはオフライン型のデータベースを使っているカーナビの弱点だなあ、と思う。

 道沿いのコンビニを見ると、どうやらファミリーマートとローソンの一騎打ち状態らしい。セブンイレブンはまだ未進出のようだ。
 那覇の人口は三十万人超。北海道の端っこに住んでいると市街地の運転はどうにも慣れず、一回交差点の中央付近で立ち往生してしまった。それでもクラクションは鳴らされない。
 うちの親父いわく、ナンバーを見ればすぐにレンタカーであることはわかる(観光客であることがわかる)からだろう、とのこと。あとで確認してみると、「れ」の○○○○みたいなナンバーだった。
 ほぼすべての車が「沖縄」ナンバー。なんとなく、那覇ナンバーとか分かれているかと勝手に思っていた。ここで別の県のナンバーで走ってたら目立つだろうなあ。

 初日は到着が夕方だったため、まずは近場の観光。首里城へ行く。

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 観光用の写真で見るよりだいぶくすんだ朱色だったが、HDRでギンギラに盛った観光用写真の色よりもむしろ母は気に入ったようだ。
 内部は基本的に撮影禁止なので、外観だけ。

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 カラフルな鳥に南国を感じた。 帰ってから調べたところ、どうやらイソヒヨドリらしい。

 初日の宿泊は、ダブルツリーby ヒルトン那覇首里城。一人あたり5万円ちょっとの安いプランなのに立派なホテルだった。
 再度外出するのが億劫だったため、ホテル内のレストランで夕食を取る。ここぞとばかりに沖縄料理を頼みまくってみた。ミミガー(豚の耳の味噌漬け)はもう少し固形物を想像していたが、どうやら同じ豚料理でもラフテー(豚の角煮)と勘違いしていたようだ。
 沖縄そばも食べてみたいが、自分はそば粉アレルギーなので念のために店員さんにそば粉を使っていないことを確認。小麦粉なので大丈夫、とのこと。
 食べた感想としては、伸びたうどん。あまり好みではなかった。
 コーレーグースという島とうがらし泡盛に漬け込んだ液体調味料をかけて食べるのが本場流らしい。辛いのが苦手で一味をさらっと振る程度で抑えたので、公平な評価ではないかもしれない。
 ただ、ローカルフードでもものすごく美味しければ全国で食べられるようになるはずで、ローカルにとどまらず全国区になったタコライスとはやはり美味しさのレベルは少し違うのかもしれない。
 ホテルの部屋に戻り、いつもとチャンネル番号が違うNHKで都内の大雪のニュースを見る。雪が多いところは大変ですね(おい)